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莫逆の友

 中3の私立高校入試は2日目。わが中3生は第2戦を終えました。さすがにやや疲れが見えますが、まだ明日を残している生徒もいます。今日までで私立戦線が終了した生徒はさっそく今日から都立高校入試へスイッチ、理社の勉強をしていました。


 そんな中、今日は個人としてちょっと嬉しい出来事がありました。私の大学時代の友人とおそらく10年ぶりに会って昼食をともにしました。こんな時期に何てことをしとるんだ?とお叱りを受けるかも知れませんが、相手は大手予備校講師。一応、情報交換です。情報交換の方はもちろん成果がありました。が、おそよ90分の昼食の間、やはり話題は思い出話です。私の、数少ない親友の一人だけに、何の駆け引きもなく話ができる時間は今の私にとり貴重です。三鷹駅改札での「波打際が上にあがったな」(意味はご想像ください)「変わらないなあ」から始まりますが、何と言っても、当時、学問の志を共有していた仲間です。別の話をしていても何かと昔話へとつながってしまいます。 

 大学時代、大学の近くで1ヶ月の家賃2万円のアパート8部屋のうち仲間だけで6部屋ほどを占領して住んでいました。風呂なし、6畳1間。なぜか車を所有していて、1日の終わりにみんなで車に乗り込み、風呂屋へ。帰りに24時間営業のファミレスによって夜が白むまで文学談義(というよりほとんどくだらない話ばかり)。若いということはヒマで空腹だということで、大家の「おばちゃん」のところへ行くと他の連中も来ていて「メシ」を喰わせてもらう(たぶん家賃2万円のうち大部は「まかない」で消えていたに違いない)。

 学問を志す以上「美しい」という言葉は飲み込まなければなりません。飲み込んだ上で、独自の方法論によって対象を捉え、できうる限り客観的に「何かを述べる」ことが求められます。そうした息苦しさと先が見えない暗さの中で古典文学に向き合い、もがいていた我々は、日常を共有していました。私自身は、その後の遍歴で、「美しい」と感じたらそのまま「美しい」と言えるように、いわば感情を解放できるようになりました、幸い。そうして、ある時期から『万葉集』や『源氏物語』を心地よく読むことができるようになり、そうした時間は至福の時間となりました(もちろん、教材として読む時間は別です)。

 当時の仲間はみな、塾で講師をしていました。現在、小・中・高・大の教員や予備校講師として、血肉としての知識を切り売りしています。塾をやっているのは私だけ。もちろん私は貫くつもりです。