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RWC⑨ 南アフリカ 楕円球の夢2

 南アフリカのアパルトヘイトは、第二次世界大戦後に法制度が強化され、国際社会の非難を浴び続けます。国連の非難決議、経済制裁とともにスポーツの国際大会からも排除されていました。1990年N.マンデラが釈放されるとアパルトヘイト撤廃へ向けた動きは一気に進みます。1994年全人種参加選挙、マンデラ大統領就任。1996新憲法制定。撤廃への功績が評価され、改革路線へ転換した国民党政権のF.W.デクラークとN.マンデラは1993年ノーベル平和賞受賞。マンデラ政権が重視したのは「融和」。アパルトヘイト政策末期は、白人対黒人のみならず、それぞれの立場の中でも対立・抗争が激しかったのでした。

 N.マンデラは長期にわたる投獄中からこの段階を予想して、融和政策の軸の一つとしてラグビーに注目して勉強していたと言われます。マンデラ政権は、まず融和の象徴として6色の国旗、5言語から成る国歌を制定。これと並行して、アパルトヘイト撤廃後初の国際イベントとして1995年ラグビーワールドカップ第3回大会を招致します。

 南アフリカのラグビーは当時実力がうたわれ「隠れた世界一」とも言われていましたが、初参加のこの大会で初優勝。決勝戦は対オールブラックス戦で、延長の末伝説のドロップゴールで勝利。観戦したマンデラが、スプリングボクスのユニフォーム姿で現れ、主将フランソワ・ピナールに優勝杯ウェブ=エリス杯を手渡し固い握手をかわす場面は、スポーツの祭典としてだけでなく、世界史の名場面と言えるでしょう。

 9月20日(金)は、ワールドカップの開幕戦が行われた日でした。実はこの日金曜ロードショーで放映された映画「インビタクス/負けざる者たち」(監督クリント=イーストウッド)は、マンデラたちの闘いの過程を描いた映画でした。私はあとで気づき、後悔。


 今週末の日本対南アフリカ。スプリングボクスで注目したい選手は、シヤ=コリシSiya Kolisi、フランカー。南アフリカの最貧困層の出で、小学校の授業料も払えないほどだったといいます。ラグビーで奨学金を得て才能が開花、スプリングボクス史上初の黒人キャプテンです。世界のラグビー選手の中で最も紳士的なキャプテンともいわれます。アパルトヘイト末期の抗争が激しい中で、撤廃が合意された1991年の生まれです。