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好きな日本語

 何年かに一度、自分の知り得ている範囲で好きな日本語を10ばかり並べてみて、あれこれ考えます。もう20年以上も。どんな言葉を挙げてきたか。今ではもう思い出せない言葉もありますが、その都度浮かんでくる常連の言葉がいくつかあります。ご紹介。 


①豊旗雲(トヨハタグモ)

 これはもう、この言葉を思い浮かべただけで胸の奥底がむずむずして、いてもたってもいられないほど好きな言葉です。出典は『万葉集』。多くの方がご存じの中大兄皇子(後の天智天皇)の、長歌(大和三山の歌)のあとの短歌(反歌)に見える言葉です。

  わたつみの豊旗雲に入り日射し今宵の月夜さやけかりこそ(巻1-15)

「わたつみのとよはたぐもにいりひさしこよいのつくよさやけかりこそ」『万葉集』の中で好きな歌を挙げろと言われたら、私の場合、すぐさま浮かぶほとんどが柿本人麻呂の歌になってしまうのですが、この歌は歌じたい間違いなく好きです。意味?「海上豊かにたなびく雲に落日が輝き、今夜の月は清らかであってほしい」。今年改元がらみでその名が世間に知られる『万葉集』研究者中西進さんの訳を拝借しました。これによれば「豊旗雲」は「豊かにたなびく雲」という意味です。 

 ただ、この歌は分かっていないことが多く、たとえば、「射し」の部分は原文(いわゆる万葉仮名)では「射之」ですが「弥之」とある写本や「祢之」とある写本もあり、読み方が確定できません。また「さやけかりこそ」は原文「清明己曽」とあり、「清明」の部分の読み方として古来10種類以上の説があります。「清明」を「さやけし」と読むと、古代の文脈として、どうにも倫理的な匂いのする言葉となりますが、私としてはやはり「さやけし」がぴったりのような気がしています。それから、肝心の「豊旗雲」も「縦に盛り上がっている雲」なのか「横にたなびいている雲」なのかよくわかりません。「たなびく」なら横だろう、と思いますがそう簡単ではないようで。『万葉集』の注釈として第一に挙げられる沢瀉久孝氏は「静かな横雲と見るよりも、も少し動きのある」雲の類いと見た方がよいとしています。だいたい「大和三山」(奈良県)の歌に添えられた反歌として「わたつみ(=海)の~」はどうなのか。

 私自身も諸説をたどりながらあれこれと考えているうちに、歌の景色が頭を離れなくなってしまったという記憶があります。今では、少年期に校庭で見た、自宅近くの堤で見た、京都・高台寺で見た、飛鳥盆地から二上山を仰いで見た、忘れられない夕方の光景がいくつも去来し、合成され、その光の集合を背景として和歌が詩性(ポエジー)を帯び、……いったん頭の中で像ができあがると、もはや読み方はどうでもよくなります(失格)。 

 記憶によれば、この「豊旗雲」という言葉は『万葉集』のみならず他の文献にも用例の見られない言葉で、ということは(あくまでも文献に見える見えないの次元でしかないのですが)この言葉、日本語の長い歴史の中で一度しか用いられたことがない、微粒子のような言葉だということになります。とても1回で飽きられてしまうような言葉とも思えず。

 まだまだ続きますが、長くなったので、擱筆。