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国公立大学入試の国語④ 共通テスト①

 この「国立大学入試の国語」シリーズをしばらくサボっていました。忘れていたわけではありませんが。そうしているうちに、大学入試の新テストについて、国語と数学の記述式の問題が白紙となる旨発表がありました。昨日来、受験生や有識者の受け止めが報道されています。迷走の末ようやく結論が出たわけです。

 実を言うと、この「国立大学入試の国語」シリーズを書く思いの底には、共通テストについての私なりの見方を述べようとの考えがありました。記述式の導入が、「思考力」や「表現力」を問うという目的にとってどれほどの実質をもたらすのか、を述べてみたいということなのでした。

 ですから、昨日までで、英語の4技能化とともに記述式問題導入が頓挫したことによってシリーズの核心的な動機が宙に浮いてしまいました。筆の遅さを悔いています。


 いちおう思い描いていた結論を端的に述べておきたいと思います。

○共通テストで「思考力」を問うと仮定して、記述式の問題でなければ問うことはできないのかといえば、そんなことはあるはずがない。現行のセンター試験も、解答する過程で「思考力」が働いていないわけがありません。

○共通テストで「表現力」を問うと仮定すると、それはマーク式では不可能で、記述式の問題でなければならないと思います。しかし、あくまでも試行問題を解いた印象では、記述式で問うているのが「表現力」だとはとうてい思えません。客観性や公平性を担保した「表現力」など、ほとんど自己矛盾です。試行問題を解いた上でどのような「力」をもちいたか省みると、「表現力」というより、最低限(主述関係や修飾関係を整えるといった程度)の日本語文構築力と処理能力です。もちろん、「表現力」を問うという時の「表現力とは何か」という前提も明確にしておく必要があると思います。「表現力」が「着想力」とともに「独自性」に近づくものならば、〈記述式〉ではなく〈作文・小論文〉に行きつくべきです。

○現行の個別試験が要求しているものを考えれば、わざわざ共通テストにおいて、少なくとも「表現力」を問うなどと薄っぺらな看板を掲げなくてもよいでしょう。


などということです。そのために、例えば国立大学の二次試験で問われる「質」を考えてみようと思ったのでした。